連載 No.26 2016年03月27日掲載

 

暗室でのフィルム現像を経て


北海道の撮影旅行から戻ってそろそろ2ヶ月。

フィルムの現像に30日ほど費やして、撮影したフィルムがやっとネガになった。

作品に仕上げるにはさらに長い工程があるから、

撮ってすぐに見ることのできるデジタルカメラと比べると、なんともゆっくりした時間の流れである。



多くの人に驚かれるのは、フィルムの現像にとても長い時間がかかることだ。

私が撮影に使用するフィルムカメラは、一般的な何枚撮り、と言うロールフィルム

(フィルムカメラそのものを見かけることも今では少ないが)

ではなく一枚ずつカットされたフィルムを装填して撮影する。



撮影するイメージででフィルムの種類や状況も異なるので、一枚ずつ現像しなければならない。

一枚にかかる時間は1時間ほどで、一日に処理できる枚数は10~20枚。

数百枚現像すると、一ヶ月はあっという間に過ぎてしまう。



一般的に思い浮かべる赤いライトの暗室ではなく、フィルムの処理は完全暗黒中で行われる。

使用する道具は比較的単純で、ホーローや樹脂製のトレイに薬品を入れ、フィルムを浸しながら、いくつかの工程を重ねていく。

一枚ずつ撮影時のデータにしたがって薬品の配合を決めているが、

料理の味付けのように処理液を直前に調合し、結果を見ながら微妙に配合を変える。

さらさらした雪の手触り、滑らかな水面の輝き、濡れた黒い砂...それぞれに適した味付けがある。



長い経験にしたがって作業するが、今回のイメージは難しく、たくさんのフィルムを現像し、やっと仕上げまでこぎつけた。

画面の中で、何が重要なのか?それを見極めるのが最も難しい。



写真は撮影したときにその良し悪しは決まっているが、最良の結果に導くためには、知識や科学的分析も必要だと考えている。

私の学んだ写真学校では写真化学や感度測定学という授業もあったが、

それらは学問上のもので、創作活動との接点はあまりにも少なかった。



それらが実践で紹介されているのはアメリカの写真家のガイドブックで、

写真家が実践的な技術について語るのは、当時の日本ではなじみの薄いことだったと思う。

本のタイトルは忘れてしまったが、写真家が感性に適した技術を身につけることで

「小麦粉と水からパンができるように芸術が生み出される」と言うくだりは忘れられない。



毎日ずっと暗室作業と言うのはどのような生活なのか?と聞かれることもあるが、

作業そのものは同じことの繰り返し。

暗闇の中で撮影時の印象を反芻し、イメージを盛り上げることはあるが、冷静に科学的に枚数を重ねていく。

それは食事や睡眠と同じ日常の一部で、

音楽家が毎日練習を、画家がデッサンを繰り返すように、ネガを作る。